伊豆山神社は熱海市伊豆山に鎮座し、走湯権現として中世に広く信仰された神社である。『吾妻鏡』には頼朝が治承四年(1180年)の挙兵に際し「走湯権現の神意を得た」旨の記述があり、挙兵の正統性を宗教的に補強する装置として機能したことがわかる。政子との逢瀬の場ともされるが、この点については史料的確証は薄い。
現在の社殿は近世以降の再建であり、中世の建築遺構は残っていない。ただし境内からは相模湾を望む眺望が得られ、頼朝が拠点とした伊豆半島の地政学的位置関係を実感する場所として価値がある。
三嶋大社は静岡県三島市に鎮座し、伊豆国の一宮として中世以来東国武士の崇敬を集めた。頼朝が挙兵(治承四年・1180年八月)の前夜にこの社に参籠・祈願したという伝承が残るが、『吾妻鏡』には「八月十七日、頼朝山木兼隆を討つ」とあるのみで、三嶋大社への参籠については記述がない。伝承と史料の乖離として留意すべき点である。
現存する社殿の多くは幕末の安政期(1854〜1860年)に造替されたものであるが、宝物館に所蔵される「梅蒔絵手箱」(国宝)は北条政子奉納と伝わり、鎌倉時代の確実な資料として価値が高い。