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浄教寺
京都府
平重盛が承安年間(1171〜75年)に48体の阿弥陀像を祀った燈籠堂が起源。「燈籠大臣」の異名を持つ重盛の信仰の聖地
創建
1171
種別
寺院
アクセス
阪急京都線「河原町」駅から徒歩約5分、または京阪本線「祇園四条」駅から徒歩約7分
京都府京都市下京区寺町通四条下ル貞安前之町620
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基本情報
寺院
創建 1171
855年目
御祭神・御本尊
宗派
浄土宗
概要
京都市下京区寺町通四条下ル貞安前之町に立つ浄土宗の古刹。山号は多聞山、別称は鐙籠堂(燈籠堂)。本尊は阿弥陀如来立像(鎌倉時代作・春日仏師)。承安元年(1171年)、平清盛の長男・平重盛が48体の阿弥陀仏像を安置する堂を建立したのが起源とされる。重盛は燈籠を各地の寺社に多数奉納したことから「燈籠大臣(とうろうのおとど)」と称され、この寺も「燈籠堂」の別名を持つ。北隣に春長寺が立ち、両寺とも貞安前之町に位置する。近年は境内に隣接してホテルが建設され、歴史的伽藍との共存が注目を集めた。
由緒
浄教寺の起源は承安年間(1171〜75年)、平重盛による建立にさかのぼる。平重盛(1138〜1180)は平清盛の長男で、正二位内大臣・左近衛大将を歴任した平家政権の中核を担う人物だった。深く仏教に帰依し、燈籠を各地の寺社に多数奉納したことで「燈籠大臣(とうろうのおとど)」と呼ばれた。重盛はここに48体の阿弥陀仏像を安置する堂を設け、燈籠を献じて衆生の往生浄土を祈念した。この堂が「燈籠堂(鐙籠堂)」の別称として今も伝わる。 治承4年(1180年)、重盛は43歳で没した。『平家物語』では清廉潔白で思慮深く、清盛の暴政を諫めた武将として描かれ、後世に深く記憶されている。重盛の死後、平家の滅亡(11…
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ご利益
浄化・お祓い
極楽往生
穢れ祓い・心身の浄化・邪気払い。禊(みそぎ)や護摩の伝統に連なる。
御祭神「阿弥陀如来立像(鎌倉時代・春日仏師作)」のご神徳に由来
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