熊野速玉大社
熊野速玉大社
和歌山県
熊野三山の一社・神倉神社から遷座し「新宮」の地名の由来となった世界遺産・国宝1200点を擁する古社
創建
128
種別
神社
アクセス
JR新宮駅から徒歩15分
和歌山県新宮市新宮1
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基本情報
神社
創建 128
1898年目
概要
熊野三山の一つで新宮市に鎮座する世界遺産の古社。熊野速玉大神と熊野夫須美大神を主祭神とする。景行天皇58年に創建と伝わり、神倉神社に祀られていた神々を遷座した「新宮」が地名の由来。境内のナギの大木(国の天然記念物・樹齢千年)は縁結びのお守りとして人気で、熊野三山を象徴する聖木。神宝館には源頼朝・足利義満が奉納した古神宝など国宝1200点以上が所蔵される日本屈指の宝庫。朱塗りの社殿群は熊野川を見下ろし、熊野信仰の中心として今も多くの参拝者を集める。
由緒
景行天皇58年(128年)、神倉山のゴトビキ岩に降臨した神々を現在地に遷座して創建されたと伝わる。この新たに設けた宮が「新宮」という地名の起源とされる。平安時代には熊野信仰が隆盛し、宇多法皇(907年)以降の上皇・法皇による熊野御幸が盛んに行われ、本宮・那智と並ぶ熊野三山の一社として全国から参詣者が訪れる霊地となった。後白河法皇は34度、後鳥羽上皇は28度の熊野御幸を行ったと記録される。中世には武家の信仰も集め、源頼朝が承久年間に貴重な古神宝を、室町時代には足利義満が応永年間に古神宝類を奉納した。これらは現在も神宝館に国宝1200点以上として所蔵されており、平安〜室町期の工芸美術の最高峰を示す…
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ご利益
浄化・お祓い
延命長寿
極楽往生
穢れ祓い・心身の浄化・邪気払い。禊(みそぎ)や護摩の伝統に連なる。
御祭神「熊野速玉大神・熊野夫須美大神」のご神徳に由来

ゆかりの人物
3

源頼朝
鎌倉幕府初代将軍
源頼朝は熊野三山への崇敬を篤くし、文治年間(1185-1190年)以降に熊野速玉大社へ多くの所領寄進と古神宝の奉納を行った。鎌倉時代に頼朝が奉納した古神宝類は現在も神宝館に国宝として所蔵され、源氏一門の熊野信仰の篤さを示す貴重な遺品となっている。源平合戦で熊野水軍が源氏側に与したことから、頼朝にとって熊野三山は政治的・宗教的な重要な同盟者であった。
平重盛
平家の嫡男・内大臣
平重盛(1138-1179)は平清盛の嫡男で、若くして従二位内大臣となった平家一門の中核。父・清盛とともに熊野信仰を篤く崇敬し、熊野速玉大社の境内に手植えしたとされる「ナギの木」は現在樹齢約1000年・幹周囲約6メートルの大木に成長し、国の天然記念物に指定されている。重盛のナギは熊野三山を象徴する聖木として、参拝者に縁結びのお守りとして親しまれる。
足利義満
室町幕府三代将軍・金閣寺建立
足利義満(1358-1408)は応永年間(1394-1428年)に熊野速玉大社へ多数の古神宝類を奉納した。義満は北山文化を主導した室町幕府第3代将軍で、熊野信仰への深い帰依を通じて武家政権の宗教的正統性を強化した。義満奉納の神宝には漆器・金工・染織等の中世工芸の最高峰を示す品々が含まれ、現在も神宝館に国宝として所蔵されている。
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